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On sens du jamais vu.


今まで当たり前だった物事や景色が、はじめてみるもののように感じる。そんな経験はないだろうか。

ももちパレスで沖縄三線の教室を終え、肩に掛けた荷物を持って、ふと前方を見つめたら、いきなり自分がどこにいるのかわからなくなった。正確にはわからなくなったのではない。何か、おかしい、間違っている、整合性のない噛みあわないものがあるのだと感じたのだ。

抽象な表現ばかりを使ってしまったが、このような気分になることがたまにある。今年になっては初めてだ。

別に酔っぱらっているわけではない。ただ、いつも歩いているはずの道が、こんなに高いところにあったのだろうかと、わからなくなってしまった。私は、迷いつつ、ももちパレスとバスの停留所をつなぐ歩道橋のようになったところを歩いた。本当に、この道で良いのか。その高さに思わず下を覗き込みたい衝動に駆られた。時折起こる、この感覚。デジャヴの反対で、ジャメヴというらしい。なぜそうなるのか理由はわからない。だが、あえて考えてみるならば、私の体調と関連があるのかも知れない。

ジャメヴを感じたのは割と最近、ここ5,6年ほど前からのような気がする。それまでは圧倒的にデジャヴの方が多かった。小学校の頃のデジャヴがある。

教室の左右の端におかれた緑色のボード。学級通信や、生徒の誕生日、その他の地域のお知らせなどを貼るのだが、そこに、私の友人が私の方を見て立っていた。髪の長い小柄な女の子だった。

その時私は、明らかなデジャヴを感じた。チラシを張るボードの前に少女が立っている。些細ではあるけれどこのデジャヴだけは、今でもずっと覚えている。

デジャヴやジャメヴの感覚は説明しがたいが、どこか自分は世界から隔絶されていて自分の肉体よりどこか一歩離れた遠いところで物事を見ているような気分にさせられる。

今、私は軽い胃の痛みを感じる。確信はないが、体調があまり良くない時にフワフワしたような感覚に陥ることが多いように思う。

ジャメヴやデジャヴが体の異変のサインだとしたら、どうだろうか。体の内部が異変を察知して視覚や感覚に作用するのか。体の異変を、周辺に漂う気配が察知してこのような違和感を目に見える形で示すのか。

目に見えなくとも空気はある。何か見えないものの作用で、体調を伝えるなどしてくれるのならば面白いのではないか。勿論霊的な世界の存在を全面的に肯定したいわけではない。しかしジャメヴやデジャヴなど、一定の感覚を定義しただけにすぎないし、個々人で違う感覚が皆それに収まるとも思わないのだ。

私の場合それが体調と関連しているのならば、今度あの感覚に陥った時より検証してみる価値はあるのではないかと思っている。ジャメヴを考えることが、ひいては自らの身体を考えることになるのだから。


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